【Amazon】映画『最強のふたり』の感想です~特別扱いをしない・されないことの幸せ~

シェアする

4

Amazonプライムビデオにて見ました!

↓月\325(年間\3,900)で映画・海外ドラマ・音楽が聴き放題!

思っていた以上に深く共感できる部分が本当にたくさんありまして、普段はフランス映画を全く見ない(英語だと何となくレベルで台詞が聞き取れるけど、フランス語は全く聞き取れないのでなんだかちょっともどかしいため)僕でも、どんどんと引き込まれてしまうくらいにおもしろかったです…!

Sponsored Link

キャスト

監督・脚本/エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ

5

フィリップ/フランソワ・クリュゼ

ドリス/オマール・シー

イヴォンヌ/アンヌ・ル・ニ

マガリー/オドレイ・フルーロ

~あらすじ~

パリに住む富豪のフィリップ(フランソワ・クリュゼ)は、不慮の事故による頸髄損傷で首から下の感覚が無く、一人では体を動かすこともできない生活を送っていた。ある日、フィリップと秘書のマガリー(オドレイ・フルーロ)は、住み込みの新しい介護人を雇うため、候補者の面接をパリの邸宅でおこなっていた。前任の介護人がフィリップの数多くの要望に耐え切れず、辞めてしまったためだった。その面接に一人のスラム街出身の黒人青年、ドリス(オマール・シー)が現れる。ドリスは職探しの面接を紹介され、フィリップの邸宅へやって来たのであった。しかしフィリップの介護人採用面接には現れたものの、ドリス自身は職に就く気は全くなく、給付期間が終了間際となった失業保険を延長できるようにするため紹介された面接を受け、不合格になったことを証明する書類にサインが欲しいだけであったのだった。

障害を持つ身体にはなったものの、特別扱いされる事を良しとしないフィリップは、多くの経験を持ち、国家資格を有する候補者を露ほども気に入らず、介護や看護の資格も過去の経験もゼロであったドリスを、周囲の反対を押し切りながらも雇うことにする。フィリップは自分を病人としてではなく一人の人間として、そして友人として接するドリスと、次第に心を通わせていく…

ー一部wikiより引用

フランス国内での歴代観客動員数3位、日本で公開されたフランス映画の観客動員数1位/16億(2位以下のランキング情報も調べたんですが、見当たらず。。。)という、大ヒット作品です。16億円ってどれくらい?と思って2015年に公開された映画で比較してみると、進撃の巨人~後編~と同じくらい、マイ・インターンより少し少ないくらい、という感じみたいですね。けっこうな大ヒットだなぁ。

6

『最強のふたり』の感想

ぼく個人としては、「冒頭5分間のカーチェイス→警察に止められたあとのあのシーン」を見ただけで、確信しました。

「あ。この映画は絶対におもしろいぞ。」

と。そしてその直感はやはり、間違いなかったです。普段はサスペンス系やSF系作品が好きなタイプの僕ですが、そんな偏った嗜好のアラサー男子でもどっぷりハマれるほどにおもしろかったです。普段はヒューマン系作品をあまり見ない方にもぜひぜひ見ていただきたい、超オススメの作品です。

この映画のおもしろポイントとしては、ドリスとフィリップの他愛ない、もっと極端に言うと「くらだらない」と言ってしまっても過言でないような本当に他愛ないやりとりの暖かさや、フィリップのもとで働く中でのドリスの人間的成長などなど、約120分の上映時間が短く感じるくらいに見どころが盛りだくさんなのですが。その辺りはネットでも多くの方がブログにてあらすじ感想として細かくまとめてくださっているところなので、以下には、僕が個人的に最もグッときたポイントを残しておきたいなと思いまして。

人は皆、それぞれの立場ならではの悩みを抱えている

『最強のふたり』のメインの見どころとしては、大富豪であるフィリップと、スラム街の出身で、就活中のふりをして楽をしつつ失業保険を貰おうと企むしょうもない黒人青年ドリスが、半ば強制的にスタートしたような共同生活を送る中で、いかに心を通わせていったのか?というハートウォーミングな部分がポイントなのだろうナァと思ったのですが、個人的に最も響いたポイントは、主軸のストーリーとは少し別の部分でして。

1

じゃあどこが響いたのか?といいますと、個人的にグッときたのは、”フィリップ自身が本当に望むこと”と、”周囲が思うフィリップの望み”との、大きな差が非常にわかりやすく、かつ具体的に描かれていた部分でした。

これ、割と僕らの身近にもありがちな事だと思うんですよね。「あの人は◯◯だから、きっと△△が好きだろう」という、勝手な思い込み・先入観からの大きな勘違い。相手の為を思ってしているつもりが、実は相手の立場からすると余計なお世話になってしまっているコト、あると思うんですよね。「自分の視野の範囲内だけで世界を見ているとなかなか気づくことができない、”本当にその人が望むこと”が、あなたのイメージとは別に存在することもあるんだよ~。いろんな視点から考えてみよう」というメッセージを暗に伝えてくださっていたような感じがしまして、フィリップとドリスの掛け合いも去ることながら、その点がとても心に残る作品でした。

首から下が不自由な大富豪だからといって、何から何まで使用人に気を使われる障害者として扱われるよりも、この世に生きる一人の人間として対等の目線で会話をし、お互いに冗談を言い合い、本気で喧嘩をし、時には人には言えないようなバカな事も、したい。報酬を払う立場だからといって顔色を伺われて本音を言われないよりも、客観的に”イチ人間”として、本心から出てくる言葉を投げかけられたい。ぶつけて欲しい。そんな、フィリップがずっと心の奥底に抱えていたのであろうやりきれないもどかしい気持ちに、どこか自分自身の姿を重ねながらこの映画を観ていた人も、きっと少なくないのかなと思います。

自分にまとわりつく社会的な立場や肩書きを全部取っ払った上で残った部分って、何にも左右されない、自分の本質的なところなんだろなぁと思います。きっと。

普通に接してもらえる嬉しさって、あるよね

『大人/子供なんだから』『お母さん/お父さんなんだから』『男/女なんだから』『社長/部長/責任者なんだから』etc…

何かしらの立場や肩書き、社会的な役割に身を置きながら日々生活している僕たちなんですけれども、その立場によってとても助けられることもあれば、逆にそれが窮屈になってしまうことも時にはあると思うんです。どんな人でも心の中には(無意識に)いろんな顔を持っていて、状況や立場によって顔を使い分けていたりしますもんね。

肩の力を抜いて付き合える友人、最高です…!

スポンサーリンク